人格は厳しい状況の下でこそ計られる 一 ネルソン・マンデラ 一
昨日お休みをいただいた私は少し早起きをして家を出た。
一般には公開期間が終了したはずの映画だったが、やや遠方の劇場まで足を運べばまだ鑑賞できることを知ったからだ。
良い意味で体内時計が狂った今日という日ならば、日の高いこの時間の道のりも苦ではない。
我が愛車・かっ飛びビュンビュン丸のペダルを踏み込む足もいつになく軽快だ。
しかし、出発してからまださほども経たない内に異変は起きた。
電話が鳴ったのだ。
番号を知っている知人と呼べる人間を全て集めて箱に入れても、その数はピノにも劣るであろう私にとっては、それ自体が事件でもあるのだが、
問題はそこからだ。
確かに受信しているのだが我が相棒、白く輝くニクイやつ、iPhone8(頂き物)のタッチパネルが反応しないため通話ができないのだ。
受け手のいないコールはやがてあてどなく途切れてしまった。
すぐさま折り返そうとホーム画面から色々を試すが、とにかく反応をしない。
「心の壁・・・ATフィールドか・・・」
言うてる場合か。
一人ツッコミながら、しかし冷静を保って、私は電源ボタンに指をかけた。
たまにあるフリーズ。
そんな時には再起動。
インフォメーション・テクノロジーを使いこなす洗練されたバーテンダーとはこういうトラブルにも慌てずにスマートかつエレガントな対処をするものだ。
そして私は慌てた。
電源ボタンが反応しない。
つまりフリーズした上に物理的介入による解決法まで拒まれたのだ。
ホームボタンと電源ボタンの同時押しによる強制終了を試みるも反応はなし。
最強の拒絶タイプ・・・。
慌てるな、もう慌てているが、まだ慌てる時間じゃない。
ポンコツな仙道くんはそう自分に言い聞かせ、とにかく先方に電話をしなければとやっぱり慌てていた。
こういう「かかって来たのを知っているのにかけ直しもせずに放置する」という状況そのものが、私の偽善的な良心と独善的な責任感を無駄に責めつけ精神衛生上たいへんよろしくないのだ。
不幸中の幸いと言うべきか、そこはまだいつもの通勤圏内であり、勝手知ったる道のり。
最寄りの、私が契約しているキャリアのショップがある位置も把握しているからには一先ずそこへ。
だが、一抹の不安が私の足と決断を鈍らせ、そこから先に進むを躊躇させる。
「は?そんなことで来店してんじゃねーぞ?」
「ググれカスwww」
頭の中をリアルな妄想が支配する。
スマホでもPCでも、この手のツールにはよくある話し。
無知以下の無知がおこがましくも最新のテクノロジーを我が物顔で手にした挙句に使いこなせず、あろうことか凡ミスで自爆しておいて人様に助けを乞う。
「しょせん貴様はサルなのだ」
「サルのくせにスマホ様を使おうなどと、モノリスに触れてから出直してこい」
私のこの状況は、はたしてショップに持ち込んで然るべき状態なのだろうか?
それはなにか、とても恥ずかしい次元の問題ですらない問題以前の問題なのではなかろうか?
それでもやはり、まずは先方への電話を優先すべきだし、何より出先だしググれないしと言い訳を重ね、私はショップに足を運んだ。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件でしょうか?」
入店するや早速声をかけてきた店員に事情を話す。
「すみません、なにか、こう、器用にフリーズしてしまったと言うか、電源ボタンも、スリープにはなるのですが落とすこともできなくて、その」
「そんなことで?よし分かった!直して欲しくば我輩の靴を舐めろ!」と言われれば即座に実行できるぐらいには屈折した謙虚さを持ち合わせ、卑屈なまでに自らを貶めていた私は恐る恐る状況を伝えると同時にスマホを献上した。
店員はスマホを受け取ると少し眺めて、少しイジってから、
「あー、はい、それではあちらに座ってお待ちください」
と、
そう言われて私は少し安堵した。
とりあえず待たされる、ということはせめて「そんなこと」程度の話しではないのかもしれない。
いや、いっそ私が来店したことに十分な正当性があるぐらいにはぶっ壊れていてくれ。
そう願いながら、ともかくも電話を借りて折り返しの連絡を済ませた後、私は促された席に腰を下ろして待っていた。
要件は事なきを得て、さらに少し安堵した私には、わずかばかりではあるが、心の余裕が戻ってきた。
するとしばらくして、さっきとは別の店員がやって来た。
「恐れ入りますがこちらの紙にお名前とお電話番号をご記入ください、それと本日はどのようなご用件で」
求められた要求の諸々に応えつつ、私は再びスマホを店員に差し出す。
「かしこまりました、それではこちらの番号を持ってしばらくお待ちください」
そう言い残して店員は私の、今はすっかり心を閉ざしてしまっているスマホを持ち去っていった。
それからまたしばらくすると、今度はまた別の店員、三人目の刺客が私のスマホを持ってやって来た。
「お客様、たいへん申し訳ございませんがお時間のほう3〜40分ほどお待ちいただくようになりますがよろしいでしょうか?」
え?!そんなに!?
驚きはしたものの、これはどうやら大事らしい。
映画も諦めなければならなくなるがスマホが無いのもこの上なく問題であるなら致し方ない。
しかし、あぁ、なんてことだ。
落胆しつつも待つことを了承すると、その三人目の店員は、
「それで、こちらはどのような不具合で」
と私の、今やガラクタに等しき忌々しいスマホを差し出してきた。
「は?三回目やぞ?説明」
思いつつも先の二回と同じくして状態を伝えると3号は格納庫に帰っていった。
私はだんだんと腹が立っていた。
それは、激しくも穏やかな、
哀しく虚しい負の連鎖。
どうやらこれは私に非のない立派な故障であるとするならば、この状況の責任はいったい誰にあるのか?そのそもそもを考えるに、不完全な高額商品(貰い物だけど)を世に送り出し迷惑をバラまいておきながら今頃も当然のごとく事の顛末も私の都合もどこ吹く風であろうApple社だとしても、顔も見えない巨大かつ漠然とした相手に文句を言うこともできなければ、クレームを直接届ける手段、それそのものが現実的ではないし、最大の問題は今、ここで、このやり場のない感情をどうすることもできない現実なのだが、この類のアイテムは、システムは、そんなものだという世間の認知もあって暗黙のうちの承諾を経た自己責任の範疇というならば、もちろんこれを媒体にしてはいるものの、代理的立場で中間業者よろしくサービスのみを提供している当該ショップの店員達も、いわばある意味で被害者なのかもしれないからには彼らに対してキレたところで八つ当たりでしかないけれど、いずれどの道この怒りを他者にぶつけるつもりがないのは、それよりなにより私は誰に対しても怒りたくないその理由たるや、怒っている人を見るのも不快な私ならばもし仮に怒ってしまったとすると、そういう行為をとらずとも、そういう感情を自覚してしまったその瞬間に自分自身への嫌悪感と、そして罪悪感に辟易とする性格であるからなら、すでにこの時点で苛立ちと落胆を禁じ得ない状態は、つまりすでに怒っているのに怒りたくないっつってんだろーが?あぁ?ともはや怒っているに等しき状況にこそ怒るまいとするほどに怒っているというエンドレス自己矛盾ループに苛まれ、溜まる一方のフラストレーションに苦しみつつ、そりゃ同じことを二度三度と聞かれた挙句に知ったこっちゃないだろうが私にとっては滅多にない時間の余裕を奪われた上にお楽しみまで取り上げられてしまっては、どうしてこうなった?なぜ今だ?なぜオレだ?
気晴らし、というよりも気を散らせるために目を向けた店の中にいくつかあるモニターの内の一つには、それが何のチャンネルかは分からないが倖田來未のMVが流れていて、
その画面をボンヤリ眺めながら頭の中で三回目の地球滅亡ミッションを成し終えた頃、
かれこれ小一時間は経ったであろうか?
四人目の傀儡が私を呼ぶ声がした。
導かれるままカウンターに赴き、
そして、
「はい、それじゃあ強制終了しますね?iPhone8の場合は音量ボタンの上・下・電源の順番で押してください。まぁスマホはフリーズがつき物ですから覚えといてくださいねー」
?!
??!!
やられたっ!!
やっぱり「その程度」のことだったのかっ!?
てかなんだ!そのコナミコマンド!?
iPhone使いなら知ってて当然なのか?!
はっ!?
だったらなんでこんなに時間をっ??
あんなに店員がっ??
ちくしょう!!
笑ってやがったな!?
1「また強制終了も知らないサルが来ましたけどー?」
2「まぁ2秒で直せる、っつーかわざわざ来店するか?フツー?」
3「あー、適当にタライ回しとくぅ?」
4「たくっ、サルのくせにスマホとかイキってんじゃねーよなぁ?」
1・2・3・4「( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \」
サルのくせに一丁前にiPhoneなんて持っていたボクのことを皆で笑ってたんだ!?
したり顔どころかあまつさえ偉そうに一人で怒り落胆し、そしてその気持ちを飲み込み、せめて人としてを保たんと足掻くボクの様を見て!?
滑稽だと!
哀れだと!
うわーーーーーー!!!
う、
わぁ・・・。
私は死んだ。
死にました。
濁流のごとく押し寄せ渦巻く様々な感情の闇に呑み込まれ、そうして私は死んだのです。
出勤するにはあまりに早く、
さりとて映画を観に行くにはあまりに遅すぎる時間の街を彷徨う屍。
どうしようか・・・?
虚ろなこの目に、
ふいに飛び込んできたのは、
あれは、
倖田來未でした。
パチンコ屋の看板でした。
倖田來未の台の宣伝らしいポップを眺め、
そういえばさっきの店内でも倖田來未。
当店に来られるBar好きで倖田來未好きの人妻、というニッチな設定のお客様の顔を少しだけ思い出しながら、
あぁ、丁度いいじゃないか?
普段はパチンコなんてしないし正直やりたくもない私だけれど、それはやはり、好きな方には申し訳ないが、そんな途方もなく無駄な時間の過ごし方も。
ましてや縁もゆかりも無いこの私が、倖田來未の台を打って、個人的にではあるけれど、この貴重で希少な時間を浪費する。
今日のオレにはピッタリだ。
へ・・・。
へへ・・・・。
すでに意識も無く、半ば吸い込まれるように入店して、
そして、
その結果がこれです。
とんでも大連チャン。
確率変動突入率および継続率65%の台でオスイチを決めてしかる後22連チャンさせる確率は宝くじで一等当選するよりも遥かに難しくもはや天文学的数値です。
好きでも乗り気でもないくせに、たまに付き合い(?)がてらギャンブルに誘われてはあり得ない結果を叩き出していたおかげで「あいつバクチで生活してるらしいぜ?」と一時期あらぬ噂を立てられていた特異体質は健在のご様子。
大勝です。
しかし、
なぜでしょう?
それしか知らない私は常に大当たり中の楽曲選択を「キューティーハニー」に固定し続け、ひたすらに聴いて、聴いて、聴き続けて、
一生分の倖田來未に浸かって溺れて、止めるに止めれぬ当たりっぱなしタイムも一時間半を経過したころ、
なぜだか泣き出しそうになっている、
私は、
私に、
気が付きました。
エピローグ 〜全てのiPhoneユーザー様へ〜
私も知らなかったわ、とお嘆きの方がいらっしゃるとしたら、それは間違いです。
そう、むしろ幸福なこと。
この屍を踏み越え、学び、進んでください。
6以降、ホームボタンが物理仕様ではなくなったiPhoneシリーズでは従来のホームボタンと電源ボタンの同時押しという強制終了の方法が通用しません。
7の場合は音量ボタンの「−」と電源ボタンを同時長押し。
8とXは共通で音量ボタンの「+」を一回、続けざま「−」を一回押してすぐ電源ボタンを長押し。
これで強制終了が可能です。
が、リスクを伴う手段であることは言うまでもなく、
しかし、やむを得ない状況の最終解決法として、どうか覚えておいてください。
さぁ!行け!
行くのだ!
こんな悲劇は!
犠牲者は!
私が最後でいい!
君達は進むのだ!
繰り返しては、
ならない、
もう・・・
二度・・・と・・・
ぐふっ
この記事をサヰキに捧ぐ・・・。
THE END