今日、準備中に橘いずみを聴いたのは確かだが、私は疲れてなどいない

  • 2011.09.27 Tuesday
  • 00:00

 恥の多い生涯を送ってきました。


「船頭多くして船 山に登る」


てのは、その道のプロが集まれば不可能も可能にするって意味だと、


中学生の頃までそう思っていました。


「アンニュイ」って言葉をとんでもなくいやらしい言葉だと勘違いしていた高校時代、


あれは多分、この文字を初めて見たのがそういう本のそういうページだったからでしょう。


「Panasonic」って響きが強そうだ、壊れにくそうだ、


という理由だけで家電を全てそれで揃えていた二十代。


「たちまち」という広島弁を三十過ぎるまで標準語だと思っていました。


私の中にはあといくつのバグが残っていることでしょうか。


考えただけでもぞっといたします。


 



と、結局また駄文を綴る。


反省という言葉の立場がないですね。


それが俺。


俺が!、ガンダムだっ!


言っておくが私はガンダム「に」詳しいのではない。


ガンダム「も」詳しいのだ。


フォーゼ面白いよ、フォーゼ。


私の青春スイッチはどこだ?

髪は長い友達

  • 2011.09.29 Thursday
  • 00:00

 髪が伸びてきた。


なぜだろう。


伸びなきゃいいのに。



散髪が嫌いです。


「散髪」って文字もあらためて見るとなにかすごいなぁ。


暴れ髪切り祭りって感じがして、風よ吹け!髪よ散れ!!っていう・・・そんな話じゃない。


「理髪店」「美容室」「床屋」「散髪屋」


全国の理美容関係者の方々には大変申し訳ないが、できることなら極力行きたくない場所だ。


どのみち「美容室」に私が行くことは無いけど。


美容室とか言わないのかな?


サロンとか言われても、シャンパンか紳士淑女がお茶を楽しみながら談笑してる画ぐらいしか思いつかないが、


わりとそのへん昭和の男子なので、何かもう男が行くとこじゃねぇだろうという感覚の古さが我ながら憎くもある。


美容室って、美とか頭についてるんですもの。


美しくなんて、そんな、ワタクシ、思ってもいませんもの。


それでも何度か、ご紹介というか、お付き合いというか、


流れに流されるままに流れ着いたことはあるものの、


もうダメなんだ、やっぱりダメなんだ。


「どうしたんだい?オサレになりに来たんだろう?オサレボーイに憧れているんだろう?」と、


店の雰囲気から店員さんの格好から、これでもかと醸し出されるオサレオーラを前に逆ギレしそうになってしまう。


「ちっげーよ!髪が伸びただけだよ!オサレになんかなりたかねーよ!


 なんで室内で帽子かぶってるヤツがいんだよ!オサレポーチにオサレバサミ入れてんじゃねーよ!


 見てんじゃねーよ!笑ってんだろ!こんなヤツがオサレになりに来たって心の中で笑ってんだろ!」


TOO SHY SHY BOY の心の弱さをなめんなよ。


伝説の中年になんかなりたかないやい。


スミマセン、私は弱くて古い人間なのです。



そもそも公私にわたり酒場という空間であればアルコールの有無に関係なくいくらかは社交的にもなれる私だが、


人見知りというより、人とのコンタクトに関しては氷水に一時間浸した指先並に不器用なのだ。


心がかじかんでいるのさ。


そんなわけでここ十数年、広島にいる際は同じ理髪店に通っている。


それでも二・三ヶ月に一度だけど。


電話して、今から行ってすぐ切ってもらえるか確認し、OKならすぐさま来店、


「電話した者ですが」と発したら、後は事が終了し退店の際に「ありがとうございました」と言うまで喋らない。


基本は目を閉じ微動だにせず、ひたすら刈られる。


武士だ。


武士のごとく刈られる、ただそれだけだ。


だいたい鏡越しの会話とか、なに?あの目が合っちゃった♪的シチュエーション。


「なんか・・・照れるねっ」って素敵な恋の予感でも演出してんのか?


べ、別にアタシ、髪を切りに来ただけなんだからねッ!


それにだ、どんな風に切りますかなんて、伸びたんだ、短くしたいに決まってるじゃないか。


それでもスタイルってもんがある、にしても骨格とか髪質とか顔立ちとか雰囲気とか、


もーお前はこうしとけって、素人が無茶な注文こいてんじゃねーよ、いいようにしてやっから黙って切らしとけって、


絶対思っているでしょう?そうなんでしょう?ご、ごめんなさい、ぶたないでください・・・。


でもなぁ、味のことなら聞いてみなきゃ合う合わないも判らないし、私のイメージでなんて無茶振りされても困るけど、


文字通りイメージの、どころかそのまんま見た目のことなんだからプロからしてもお任せが一番やりがいあるんじゃないかなぁ?


そんなわけで件の店でも確か初めて行った時、


「仕事中は後ろに流す感じにしてますんでその程度の長さを残して、あとは良きように」、


と注文して以来、それ以降は全くもって注文をつけたりした憶えが無い。


それでも毎回この刈られ侍をカットしていただけるので、その床屋に通い続けているわけなのだが、しかし。


一応電話をかけて来てるし、顔も判っているものの、いつもお任せの無口な客、程度の私が、


比較的長めのスパンで来店するもんだから、おそらく店主は現状の髪型から前回のカットを推測し、探るように作業していただいてたのだろう。


十数年の歳月の間に初期の頃の注文は少しずつ軌道をずらし、ここ数年はもはやその原型を留めておらず、


加えてなにか変な気を使わせてしまっているのか、出口の無い迷路に入ってしまったのか、


ホストにハマった上京したての女子大生ばりに毛先をもて遊ばれてみたり、


風も吹いてないのに今時チックなエアリー感とか盛り込まれてみたり、


仕上げにワックスとか付けてもらったりして例の大御所さんのネクタイだかスカーフだか判らないアレみたいにネジられたり。


理髪と称する店で無造作ヘアーって、なんだそのコペルニクス的発想。


どーしたい?店長、あんたオレをどーしたいんだ?


しかしここまできたらもはや後には退けません。


刈られ侍の意地にかけてダンマリを決め続けよう。


よって私の髪型に私の意志など一切介入していないのでイジらないようにお願いします。


「髪切った?」と聞かれても「いいえ、拙者は斬られただけです。」としかお答えできません。



余談だが「床屋」は今現在、放送禁止用語。


日本における由来的には問題ないのだが、大陸のほうでは・・・


いや、やめとこ、なんか下ネタ率が高い気がする・・・。


 


 


 


 

裏グルメガイド

  • 2011.10.03 Monday
  • 00:00

一通行人が道を歩いてて看板見つけて店に入ってお客様。


私とて道を歩けばただの人、そんな普通の行動をもって客と呼ばれる立場になることもある。


いや、いつ何時であっても私はただの一般人ですけどね、当たり前に。


しかし、看板一つに別の意味の情報と、さらにその裏に隠されたドラマが見えたり見えなかったり。


業界目線というか、判断基準というか、のお話。



近所に新しいラーメン屋さんが開店されたと聞き、


さっそく行ってみようかと店の前まで行くものの、入店はしませんでした。


理由は車道とビル入り口まで侵食しておもいっきり立て看板とノボリを立てていたから。


立て看板とかノボリとか、それ自体が悪いとは言いません。


しかし、「あからさまにコレは、どう考えたってコレは、ご近所さんにも迷惑じゃなかろうか?」とするような、


特に雑居ビルに店を構え、路上と言わず他店様と同じくして使うビル内の共有スペースに、


我が物顔で看板なり、荷物とかゴミとかチャリとかも含め言い出したらキリが無いが、要はまとめて私物を置くような店というのは、経験上とんでもない人物が経営していることが多い、


と言うより間違いなくそう。


確定。


鉄板。


そんな店には近寄りたくもありません。


触らぬ神になんとやら。


勘というほど曖昧なものでもなく、


私でなくとも同業者ならば日常ごとの経験より導きだされ、鍛えられたある種の処世術と言っても良いでしょう。


え?あの人のよさそうなご主人が?評判の店が?


はい。怖いですね、ホント。


何もかもが一概によろしくないとは言わない。


ただ常識の範囲ってもんがある、そこは勘違いなさらぬように。


酷いケース。


でも割りによく見かける。


時には道を塞ぎ、時にはビルの入り口を塞ぎ、通路だろうがエレベーターホールだろうが、


人様の店の前だろうがなんだろうが物を置く。


縄張り意識の強い発情期むかえたオス猫のマーキングだって、もうちと遠慮を知っている。


で、そもそもビル側としてはそのような行為は認めてないはず。


中にはこれを逆手にとって「看板出したきゃ金を出せ」なんて安達祐実もドン引きしそうなツワモノもおりますが。


歩いてても見える、特に路上看板なんてそりゃ誰でも出したいですよ、でもね、あのね、異国の青空市場じゃないんだよ?


仮に5階建て10店舗入居のビルで全店看板出せば、そりゃねぇ。


これを街中で我先にと皆が皆そんなことすりゃどんなことになるかは判るでしょ?


歩道を潰す規格外の看板なんて論外。


屋内だってね、店の外まで物を置けちゃ収納スペース無限大でよろしかろうが、いったいどこまでが店内なんだ?


窓やら通路を塞ぐのはもはや犯罪行為に等しいが、気遣いとか美観とかって概念は?


でも、やったモン勝ちの状態なのが現実。


正直で誠実で穏やかで優しい人こそがバカを見る世を正さんと行政も動き、


とうとう流川界隈では条例まで施行され取り締まり強化が、と言っても実質無法地帯なのはご覧の通り。


ビルの中は私有地なので口出しできようはずも無い、が、それに関しては例の歌舞伎町のビル火災以来、


消防署が抜き打ち指導を行うようになった、とは言え効果の持続性はよくて2日といった程度。


そんなことしなくても良識ある方はもちろん自重します。


てかさ、もうさ、んなもん法に頼らなくちゃいけないことでもなかろうに。


それでもなんとかしたけりゃお互いきちんとルールを決めて、迷惑にならないよう行動する、って、当たり前すぎてなんだか虚しくなってきた・・・。


と、ここまでは共感される方がおられてもおかしくない話。


私も嫌!道路に邪魔な看板出してるお店!、なんなの!行きたいお店の通路に邪魔な物置いてる店!てな具合に。


で、ここからはそれが例えばお住まいの、家の近所でもなんでも、実際そういったトラブルを経験した当事者なら非常に共感できるが、


逆にそのような惨事に遭遇していない他者からは想像し難い現実であり重要な問題。


その手のお店というのは100%ご近所さんから苦情、と言っても下から、丁寧に、お願いと言うかご相談と言うか、


そりゃもうお代官様に陳情を読んで頂くかのごとき気の使いようを持ってして、


お話しを、要望を、改善要請を、受けてるはずなんです。


100%話を聞かず、どころか100%ブチギレてくださった結果こそが、目の前の物的証拠が示す真実なんですね。


「すみませ〜ん」と声をかけ、「は〜い」と穏やかに返事をしていただき、


「あの〜、お宅様のコレなんですが・・・」とキーワードが出たその瞬間の変わり身の早さ。


豹変という言葉を体感したい方は一度経験してみます?


「キレる」なんて表現が「ワタシお役に立ちそうも無いのでお先に失礼します」と遠慮して帰っちゃうぐらいにキレ過ぎていただけますよ。


小学生並の屁理屈を並べ立てながら、逆にこっちがその人の愛する何かを奪っちゃったとんでもない悪者みたいな展開。


この辺の名言集は第三者的立場で傍観すると馬鹿馬鹿し過ぎてネタ的要素も強いのですが当人にとっては堪ったもんじゃない。


さらにその日から始まる地獄の日々が、正義の立場にあるはずの人を襲う負の連鎖。


ここが大事。


これこそ大問題。


ヘタすれば毎日顔を会わせるフォースの暗黒面に染められし住人から浴びせられる冷たい目線、妙なプレッシャー、最悪イチャモン、嫌がらせ。


確実。


絶対。


簡単に日々とか言っちゃいましたが、ずっとですよ。


ずっと、ずっとね、こんなふうに、してね、ですよ。


嫌だよ。


悪いのはあちらなのに事態が改善されるどころか泣き寝入りの上からさらに浴びせられる無常な仕打ちと襲いかかる後悔の念が終わることなき日常に組み込まれる恐怖。


そもそも、そもそも、そもそも、根本的にそんなヤツだから、そんなことができてたんです、判っちゃいたはずなんです。


逆に彼らは悪事との自覚があるからこそ、相談も無く独断で行動できる判断力と実行力を発揮したからこそのこの結果。


ま、大体の場合さしたる思考も介在しない純粋悪ですが。


一連の彼奴めの行動はある意味、「私はそんなことが出来る!そんな人間だ!フハハハハ!」というアピールでありサインに他ならなかったのです。


でも信じたかったんだよね?話せば判ってもらえるかもって、希望を捨てたくなかったんだよね?


人を・・・諦めたく・・・なかった・・・。


この腐敗した世界に負けた、そんなアナタが鬼束ちひろのファンになったとて誰が責められますでしょうか。



てなわけで、そんな常識も無い店なので入らずとも仕事の内容はおのずと知れてますし、


視点を変えれば、そういう店の判断材料になり、入る前にイラッとするだけで事済みます。


この店に泣かされてる住人がいることを想うといたたまれませんが、どうすることもできません。


私にできるのは、せめて入店拒否という行動をもって、無言の意思表示をすることぐらいです。


無力。


それとは別に時々、住人という住人、皆が皆、カーズ様ばりに「考えるのを止めた」人達で構成されたビルの入り口が、


自分達の出した看板で自らの店へと続く入り口を塞いでいるのを見たりすると、なにかこう「蜘蛛の糸」とか思い出しますな。


このケースに該当するビルの治安は、意外と平和に共存してるか、往年の中東情勢並みの緊張状態かの二極だったりします。


どうでもいいけど。


どのみち個人的には単に不愉快なので行きません。


そんな店、こんな店でも客前では異常に愛想が良かったり、意外と人気店が多いのは、まぁ、商売上手ではあるのでしょうね。


一利用者として行って飲み食いして帰るだけなら確かに問題は無いのかも。


私が敬遠する理由は個人的な心情と経験によるところが大きいのは確かです。


ただ、一つご忠告させていただくと、かのような店で、完全に店側の落ち度による失態であったにせよ、


文句だクレームだを言うことはお勧めしません。


彼らは自身の店に対し好意的な者、金だけ払って大人しく帰ってくれる者には優しくも接してくれますが、


それがどんなに些細な、例えばオーダーを抜かされ「スミマセンこっちまだ来てないんですけど」みたいな小さきことでも、


店に対して意見する者は瞬間、敵とみなされ、条件反射的にとても不愉快な対応をされる場合が多々あります。


根本的に仕事に対する目的意識と存在意義、属性が違うんですから。


これに対しさらに文句を言ったり、露骨に不快であるとの態度を見せた場合には、謝罪どころか、


最悪の場合アナタこそが悪者ではないかと問われ、自らの立場を悪くされる場合が往々にしてあります。


得意技・逆ギレ。


ただでさえする必要の無い不愉快な想いを雪だるま式に大きくするだけ。


理屈じゃないんです。


負けるが勝ちです、諦めましょう。


この理論、飲食店に限らずあらゆる業種のそれにけっこう当てはまります。


郊外に店舗を構えるナニガシ様でも、敷地外や公道、果てはガードレールだ電柱だと公共物に看板くくりつけてるようなそれは要注意。


こんなことできるってことはどうゆう倫理観で生きてる人達によって運営されているか?ちょっと考えてみる。


そういう視点と公式を参考に、皆様にあられましては快適で平和な生活を送られますよう、切に願います。


商売を戦いとすれば争いにもなり、生き方とすれば手も取り合える。それらしいこと言うてシメときます。

老後は縁側でHGUCデンドロビウムが夢です

  • 2011.10.10 Monday
  • 00:00

 条件は皆同じである。


予め定められた素材と手順を辿りつつも己の理想とする完成形を具現化するために、


技術を磨き、感性を活かし、創意工夫を盛り込んでこれに挑む。


「それ」はあくまでも「それ」でなくてはならない。


しかし「それ」でありながら「それ」以上の存在と成りえねば意味が無い。


決定的な差は内包される「クオリティー」。


そこにどれだけ何を注ぎ込めるか、そのために何をどうしてきたか、


その違いが最終的な着地点を大きく変えるのだ。


そういった意味でプラモデルとカクテルはよく似ている。




バンダイ・SDガンダムBB戦士ー234 MSN02「ジオング」


定価840円 対象年齢8歳以上


↓キットという材料を説明書というレシピにそって作成したもの。



↓一応、表面処理・塗装・スミイレというプラスアルファを施した完成見本はご覧の通り。

ジオング.jpg


ここで納得するか?これで終わりとするか?これで良しとするか?


さてどうするか。



頭部・顔前面の一部を開口、モノアイを自作し内蔵。レンズ内側にラミネートテープを使い光の反射で光るように加工。
   アンテナ基部を一旦切断し直接接着、角度変更と共に密着度を高める。
   口部メガ粒子砲をピンバスで開口。


胴・首とスカートの接続部をそれぞれ2ミリ延長、腹部ディテールの追加。胸部をフラットに加工。
  
腕部・ショルダーアーマー内側にプラ板でモールドを追加。
   手はコトブキヤ ハイディテールマニピュレーター8 1/100スケールジオン用B−1に換装。
   ビーム発射口を作成。取付部はこれに合わせ基部を加工。


スカート・スジ彫り追加。熱排気口を開口し内側より金属メッシュを貼り付け。
     キット凹ディテールを開口し内部メカを追加。


全体・耐水ペーパーを用いて各エッジを立たせつつ、全体的にスリム化。その他細かいモールドをプラ板、ピンバス、ケガキにより追加。


塗装・サーフェイサー下地をベースに筆塗り。配色は公式設定カラーをベースに一段淡い色調でまとめ巨大兵器の空気感を演出。
   
仕上・レタリングシールと各種マーキングデカールを施し、試験機体であることを考慮しつつ若干のウェザリング加工。
   半光沢トップコートでコーティング。木製台座を作成。



完成 「ジオング」

zeong1.jpg


ジオング.jpgmejar (3).jpgmejar (4).jpg

ちょっとだけマジメな話。


こちらはスカート裏部。普通は見えないところ。

mejar (5).jpg


模型に興味のない人からするとそんなところまで造り込む必要は無いと思うかもしれないが、ではこれは無駄な自己満足か?と言えば答えは否。


この無駄がなければ、この完成もまた有り得ない。


つまり細部に至るまで満遍なく一定のクオリティーで仕事を施す意識とそれを実行する労力により、おのずと全体の完成度が高まるということ。


見えるから見えないから、気付くから気付いてもらえないから、では無く、「私の仕事とは常にそういう水準で行われている」、という姿勢が重要なのです。


そしてその水準を根気よく継続してきたからこそ今日のスキルアップに繋がった、と。


ジャンルを問わず、あらゆる分野において世に職人と呼ばれる方々が生み出す素晴らしい作品に共通する法則。


これを逆手に取ったトラップも多いですが・・・。


「良いモノを造る」のも「モノの違いの判る人」になるのもそう容易いことではありません、実際。


そんなことを言いつつ、もう3年以上作ってないなぁ・・・プラモ。


ちなみにこの程度の工作は全然素人レベルですので。


プロモデラー様のそれは次元が違います。

GIRL'S BAR SAIKI

  • 2011.10.26 Wednesday
  • 00:00
 
やはり時勢には勝てませぬゆえ、路線変更することにしました。



「ガールズバー サヰキ」

girls bar saiki







嘘です。

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